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松山地方裁判所 昭和58年(ワ)324号 判決

原告

松尾幸弘

右訴訟代理人弁護士

小林勤武

三好泰祐

三野秀富

被告

日本国有鉄道

右代表者総裁

杉野喬也

右訴訟代理人弁護士

鵜澤秀行

河村正和

右指定代理人

小野澤峯藏

室伏仁

西沢忠芳

佐々木雅夫

岩城一嘉

梶一行

主文

一  原告が被告に対し雇用契約上の権利を有する地位にあることを確認する。

二  被告は、原告に対し、昭和五八年八月以降、毎月二〇日限り金二〇万六六〇〇円(ただし、昭和五八年八月分については、金一八万六六〇六円)を支払い、かつ、右各金員に対する当該月二一日から支払済みまでの年五分の割合による金員を支払え。

三  訴訟費用は被告の負担とする。

四  この判決は、第二項に限り、仮に執行することができる。

事実

第一当事者の求めた裁判

一  請求の趣旨

主文同旨

二  請求の趣旨に対する答弁

1  原告の請求をいずれも棄却する。

2  訴訟費用は原告の負担とする。

第二当事者の主張

一  請求原因

1  当事者

(一) 被告は、日本国有鉄道法に基づいて設立された公共企業体である。

(二) 原告は、昭和四〇年七月一日、被告の職員として採用され、昭和五八年五月当時には四国総局松山電気区松山電気支区に電気検査長として勤務していた者である。

また、原告は、国鉄労働組合(以下、国労という。)に所属し、昭和四一年七月国労愛媛支部青年部書記長に選出されたのを始めとして、国労四国地方本部青年部副部長(昭和四六年)、国労松山電気区分会執行委員(昭和四八年)、同分会書記長(昭和四九年)、国労愛媛支部執行委員(昭和五二年)等を経て、昭和五五年一一月からは同支部書記長の役職にあった者である。。

2  免職の意思表示

(一) 被告は、原告に対し、後記の事由をもって日本国有鉄道法三一条により懲戒免職処分とするとの事前通知を昭和五八年五月三〇日付けでなし、原告の異議申立てを退けて同年八月三日右事前通知のとおり発令した(この懲戒免職処分を、以下、本件処分という。)。

「昭和五八年五月四日松山電気支区検査班詰所において八時四五分ころ、支区長に対して暴力行為等を行い傷害を負わせたことは、職員として著しく不都合な行為である。」

(二) しかし、本件処分は無効である。

3  賃金請求

原告は、本件処分当時、被告から毎月平均二〇万六六〇〇円の賃金を受領していた。したがって、原告には、本件処分が無効である以上、本件処分の日の翌日である昭和五八年八月四日以降も、給与支給日と定められている毎月二〇日限り、少なくとも右賃金相当額の金員を受領する権利がある。

4  結論

よって、原告は、次の裁判を求める。

(一) 原告が被告に対し雇用契約上の権利を有する地位にあることを確認する裁判

(二) 昭和五八年八月以降につき、毎月二〇日限り一箇月当たりの賃金相当額二〇万六六〇〇円(ただし、昭和五八年八月分については、一日から三日までの分を差し引いた一八万六六〇六円)を原告に支払うこと及び右各金員に対する当該月の右支給日の翌日である二一日から支払済みまでの民法所定年五分の割合による遅延損害金を原告に対して支払うことを被告に命ずる裁判

二  請求原因に対する認否

1  請求原因1の事実はいずれも認める。

2  同2(一)の事実は認め、(二)の主張は争う。

3  同3のうち、原告が本件処分当時被告から一箇月当たり二〇万六六〇〇円の賃金を毎月二〇日に受領していた事実は認め、その余の主張は争う。

三  抗弁

1  労働組合が被告の施設を利用して掲示類を掲出するなどの組合活動を行う場合については、すべて所属長又は箇所長の許可又は承認を得なければならない(被告の労働関係事務取扱基準規程一六ないし一八条)。組合旗も右掲示類に含まれ、その掲出にあたり所属長又は箇所長の許可又は承認を得る必要があることは明らかである。しかるに、四国総局管内においては、昭和五八年四月末ころから被告の施設内に無断で国労の組合旗が掲出されるようになった。松山電気区管内においても、そのころ、松山現業事務所一五号建物二階階段の通路に国労松山電気区分会(以下、分会という。)の組合旗が無断で掲出された。かかる組合旗の無秩序な掲出は、前記取扱規程に反するのはもちろんのこと、適正な労使関係の維持の観点からも、また、規律ある職場環境の維持の点からも、到底許容されるべきものでないことはいうまでもない。

2  そこで松山電気区長(以下、区長という。)は、同年五月一日及び二日の二度にわたり、分会に対し、二日午後五時までに組合旗を撤去するよう通告した。しかし、分会は右通告に従わなかったので、区長は、同日午後八時ころ、松山電気支区長鈴木治(以下、鈴木という。)に指示し、組合旗を撤去させた。撤去された組合旗は同日中に分会に返還された。ところが、同日深夜になって再び組合旗が元の場所に掲出されたため、区長は、同月三日、分会に対し再度組合旗を撤去するよう通告した。しかし、分会は右通告にも従わなかったため、区長は、同日午後八時ころ、前同様鈴木に指示して組合旗を撤去させた。

分会による組合旗の掲出は、被告(具体的にいえば区長)の許可を得ずしてなされた違法なものであり、かつ、被告の撤去命令にも従わなかったものであるから、現場の管理者においてこれを撤去することは、被告の施設管理権の行使として当然許されることである。

3  同月四日午前八時三五分ころ、鈴木及び原告を含む松山電気支区の出勤者八名は点呼のため同支区検査班詰所に集合し、鈴木及び同支区助役一名のもとで点呼が開始された。

右点呼の執行中、原告は、鈴木に対し、同人が組合旗を撤去した理由をただし、鈴木は、「総局、区の指示です。」と答えた。ところが、原告は鈴木の右回答が気に入らないと激昂し、手拳を自分の机にたたきつけて立ち上がり、机上の筆立てやかばんを前方に投げつけ、「なぜ旗を降ろしたのか。」などと怒号しつつ、鈴木の方に向かってきて同人の制服の両えり付近を両手でつかんで引きつけ、何かわめきながら強く後方に押し、同人の背部を金属製キャビネットの角に激突させるなどの暴行を加え、その結果、同人に加療約一週間を要する背部挫傷の傷害を負わせた。このため、原告は、同年七月一三日、傷害罪を犯した者として五万円の罰金刑に処せられた。(以下、右の機会になした原告の暴行を本件暴行ということがある。)

4  被告の就業規則六六条には、懲戒事由として「職務上の規律をみだす行為のあったとき」(一五号)、「著しく不都合な行為のあったとき」(一七号)が掲げられている。

5  3記載のとおり、原告は、勤務時間開始後重要な点呼時間中に、当日の業務とはおよそ関係のない組合活動に関する事項を持ち出して上司である鈴木の点呼執行業務を妨害し、さらに、その返事が気に入らないとして、同人に対し暴言をはいたうえ、暴行まで加えて加療約一週間の傷害を与え、自らは罰金五万円の刑事罰に処せられたものである。被告は、旅客の安全を預かる公共輸送機関であり、被告がその使命を全うするためには、その職員が上司の命令に従って規律正しく職務に従事することが不可欠であって、原告の右行為は被告の職員として言語道断というほかはない。このような者を職場に放置しておいては、松山電気支区における職場規律の是正、改善を図ることはもちろんのこと、同支区における指揮命令系統を適正に維持することさえも困難になることは明白である。

以上により、被告は、原告の本件暴行が日本国有鉄道就業規則六六条一五号及び一七号の各懲戒事由に該当し、かつその程度も重大であり免職処分相当であると判断し、所定の弁明弁護の手続を経たうえ、原告を本件処分に付したものであり、本件処分に何ら違法な点はない。

四  抗弁に対する認否及び主張

1  抗弁1のうち、分会の組合旗が被告主張の日時、場所において掲出されたことは認め、右掲出が許されない行為であるとの主張は争う。

昭和四六年一二月のいわゆるマル生闘争終結時において、被告は職場内における組合旗の掲出を正当な組合活動の一つとして承認し、それを確認した協定が存在していた。現に、最近に至るまで闘争時には必要に応じ各箇所で組合旗が掲出されてきたのであり、被告がこれを実力で撤去した例は一度もなかった。分会においても、従前より組合旗の掲出は所属長の許可等何らの手続もないまま平穏になされてきており、被告が撤去の命令を出したことは全くなかった。したがって、少なくとも松山電気区では、組合旗は、所属長の許可なく掲出が許されるとする労使慣行が確立されていたというべきである。

なお、被告の主張する労働関係事務取扱基準規程は、労働組合の意見や協議を経ないまま、被告が一方的に制定した当局側の事務処理に関する内部規程に過ぎず、組合に対する拘束力は持たない性質のものである。したがって、これよりも現場における労使慣行の方が優先されるべきである。

2  同2の事実は認め、被告による組合旗の撤去が許されるものであるとする主張は争う。

3  同3のうち、原告が鈴木に暴行を加えたこと自体は認め、その態様、程度は否認する。また、右暴行が点呼執行中になされたことは否認する。右暴行は点呼終了直後になされたものである。その余の事実は認める。

松山電気区における分会の組合旗の掲出は、前述のとおり確立された労使慣行として許されるべきものである。そして、本件暴行当時昭和五八年春闘中であり、分会はその組合旗を被告主張の場所に掲出した。ところが、鈴木は分会の掲出した組合旗を一方的に撤去した。そこで、国労愛媛支部書記長であった原告は、鈴木に対し右撤去の理由をただしたけれども、同人は、「総局の指示です。」と繰り返すだけで何ら実質的な理由を示そうとしなかった。原告は、この鈴木の態度に憤慨し、「国労をなめるのか。」と叫びながら自分の机を手でたたき、その上にあった鉛筆立て、手提げかばんを手で払い、「今日は年休じゃ。」といいながら、検査班詰所から退出しようとして同所出口の方へ向かった。原告が出口に近づいたとき、鈴木はそこから一メートルほど入ったところ(原告と出口との間に位置する。)で立っていた。これを見て自分の目前で鈴木が立ちはだかったように思った原告は、再度鈴木に対し「何で旗を降うしたか。何と思っているか。」と追及したけれども、鈴木は何ら答えようとしなかった。この態度を見た原告は瞬間的に左手を出して鈴木の胸元をつかみ、後方に押した。鈴木はこれに抵抗せず二歩くらい後ずさりした。ところが、後方の木製長椅子に同人の足がひっかかり、このため足をとられた同人の体勢が崩れて沈むようになり、その際偶然背中が後ろにあった鉄製キャビネットの角に当たった。原告はあわてて両手で鈴木を支えて手前に引き起こし、一、二歩そのまま後退して元の位置に引き戻した。このとき国労組合員の兵頭和昭及び武井宏之が原告と鈴木の間に割って入り、二人を引き離した。原告が鈴木の胸元をとってから手を離すまでの時間は、せいぜい一分間程度であった。

4  同4は認める。

5  同5は争う。本件処分は次に述べる理由により無効である。

(一) 本件処分の決定的動機は、正当な組合活動の封殺、活動家役員(本件処分当時の原告の役職は前記のとおり国労愛媛支部書記長である。)の排斥にあった。これは不当労働行為であり、したがって、本件処分は無効である。

(二) 本件処分は、次に述べる諸事情からすれば明らかに懲戒権の濫用である。

(1) 原告の鈴木に対する暴行は、同人の組合旗の不当な実力撤去という不当労働行為に起因している。

(2) 原告の暴行は瞬間的、衝動的な感情から発したものであり、悪質なものではない。また鈴木が負傷したのも原告の意図したものではなく偶発的なものである上、その程度も比較的軽微である。

(3) 原告は、自分が動機や原因はともあれ感情にかられて本件暴行に及んでしまったことを後悔し、事件直後から再三鈴木に謝罪し、鈴木も個人としてはこれを容れている。

(4) 被告が原告に対し懲戒処分中最も重い免職処分を選択したのは、国労と対立する鉄道労働組合の機関紙によって大きく報道され、また同組合関係者の通報により原告の行為が刑事事件として警察の捜査の対象となるに至ったからにほかならない。

(5) 組合員が組合活動に関係して懲戒免職処分となったのは国労四国地方本部管内では本件が最初である。

(6) 原告及びその家族は、本件処分により多大の精神的、社会的被害と苦痛を被った。

第三証拠

本件記録中の各書証目録及び各証人等目録記載のとおりである。

理由

一  当事者の地位

請求原因1の各事実は、当事者間に争いがない。

二  本件処分の存在

請求原因2(一)の事実は、当事者間に争いがない。

三  懲戒事由の存否

1  被告の就業規則六六条に懲戒事由として、「職務上の規律をみだす行為のあったとき」(一五号)、「著しく不都合な行為のあったとき」(一七号)が規定されていることは、当事者間に争いがない。

2  〈1〉(証拠略)、〈2〉(人証略)及び原告本人の各供述と、〈3〉弁論の全趣旨を総合すれば以下の事実を認めることができ、(証拠判断略)、他に右認定を左右するに足る証拠はない(右事実中には、一部当事者間に争いない事実も含まれる。)。

(一)  昭和五八年三月半ばから四月の春闘期間にかけて、四国総局管内の被告の施設においては、国労の組合旗が頻繁に掲出されていた。四国総局では、同年四月末ころ、各部長で構成する職場規律推進委員会を発足させ、国労に対し組合旗撤去の申し入れをし、国労がこれに応じない場合には、被告が自ら組合旗を撤去することを決めた。

松山電気区においても、右決定の趣旨に従い、区長が、同年五月二日分会に対し、同日午後五時までに松山現業事務所五号建物二階階段の通路に掲出されていた分会の組合旗を撤去すること、もしこの時までに撤去をしないときは管理者の手で撤去する旨の通告をした。しかし、分会は期限までに組合旗を撤去しなかったので、区長は松山電気支区長の鈴木に対し撤去を指示した。鈴木は、同日午後八時三〇分ころ、松山電気支区助役三谷林(以下、三谷という。)と共に組合旗を撤去し、一時保管後分会に返還した。ところが、分会はその後間もなく組合旗を前記階段通路に再び掲出したので、区長は、翌三日朝、分会に対し同日午後五時までに撤去するよう通告した。分会はこのときも自主的に撤去しなかったので、区長は前同様鈴木に対し撤去を指示した。鈴木は、同日午後八時ころ、三谷と共に組合旗を撤去し、一時保管後分会に返還した。

(二)  鈴木は、同月四日の始業後である午前八時三五分ころ、松山電気支区検査班詰所において、原告を含む同支区職員に対する点呼業務を開始し、呼名点呼、事務連絡、作業指示等の後、作業に関する質問を受け付けるため、「何かございますか。」と職員に尋ねた(この時点においては、未だ点呼業務は終了していなかった。)。原告は、鈴木に対し、「支区長、組合旗をなぜ降ろしたのか。」と尋ねた。これに対し、鈴木は「総局、区の指示です。」と答えた。原告はこの答えに満足せず、重ねて組合旗を撤去した理由を問いただしたけれども、鈴木は前同様、「総局、区の指示です。」と答えるに止まった。原告は鈴木の答え方に憤慨し、「国労をなめるのか。」と叫びながら自分の机を手でたたき、その上にあった鉛筆立て、手提げかばんを前方に投げつけるなどし、「今日は年休じゃ。」といいながら、検査班詰所出口の方へ向かった。出口近くに鈴木が立っていたため、原告は、鈴木に対し再度「何で旗を降ろしたか。何と思っているか。」と大声で追及したけれども、鈴木は何も答えようとしなかった。原告はますます憤慨し、瞬間的に左手を出して鈴木の胸元をつかみ、同人を後方に押した。鈴木はこれに抵抗せず二歩くらい後ずさりしたところ、傍らに置かれていた木製長椅子に同人の足がひっかかった。このため、足をとられた同人の体勢が崩れて沈むようになり、その背中が後方の鉄製キャビネットの角にあたった。原告は、鈴木の胸元をつかみ、その体を引き上げて二、三歩後退した。このとき、国労組合員の兵頭和昭及び分会長武井宏之が原告と鈴木の間に割って入り、両者を引き離した。原告が最初に鈴木の胸元をつかんでから引き離されるまでの時間は一分間程度であった。

鈴木はキャビネットの角に背中をぶつけた際、加療約一週間を要する背部挫傷(長さ一三センチメートル、幅二センチメートルの傷で圧痛を伴う。)の傷害を受け、五月一二日までの間、四回にわたって通院し、消毒、湿布等の治療を受けた。

3  右のとおり、原告は勤務時間内である点呼執行中上司に対し暴言を吐いた上暴行を加え、同人に傷害を負わせたものである。かかる行為は、職務上の規律を強く乱すものであるから、少なくとも被告の就業規則六六条一五号に規定する前記懲戒事由にあたることは疑いのないところである。

四  本件処分の効力

1  日本国有鉄道法三一条一項及び同項一号の規定する業務上の規程である被告の就業規則(〈証拠略〉)によれば、懲戒処分の種類は、免職、停職、減給、戒告の四つとされている。このうち、具体的にどの処分を選択するかは、懲戒権者たる被告の総裁の裁量に一応委ねられていると解するのが相当である。しかしながら、免職処分については、他の懲戒処分と異なり、被処分者の職員としての身分を失わせるという重大な結果をもたらすものであるから、その裁量の範囲も無制限ではなく、処分の対象となった行為の動機、態様、結果、当該職員の行為前後の態度及び処分歴等の諸事情に照らし、免職処分が当該行為との対比において甚だしく均衡を失し、社会通念上合理性を欠くと考えられる場合には、右免職処分は解雇権の濫用として無効となるものというべきである(なお、最判昭和四九年二月二八日民集二八巻一号六六頁参照)。

2  そこで、本件処分が社会通念上合理性を欠いた処分であるか否かにつき検討を加えることとする。

(一)  本件暴行のそもそもの発端が鈴木による分会組合旗の撤去にあったことは、三2で認定した事実からして明らかである。

被告の施設内における組合旗の掲出について、原告は、昭和四六年のいわゆるマル生闘争の終結以来、被告により正当な組合活動の一つとして承認されていたと主張する。これに対し、被告は、右事実を否認し、組合旗の無断掲出は被告の労働関係事務取扱基準規程により禁止されてきていると主張する。

しかし、この点に関する原・被告双方の主張のいずれが正しいかの検討はとりあえず留保しておいて、まず、被告の施設における組合旗の掲出及びこれに対する被告の対応の実態がいかなるものであったかにつき検討してみることにする。

〈1〉(証拠略)、〈2〉(人証略)及び原告本人の各供述と、〈3〉弁論の全趣旨を総合すると、次の事実が認められ、この認定を左右するに足る証拠はない。

(1) 被告の施設内においては、相当以前から国労の組合旗が闘争中被告の許可を得ることなしに掲出されてきた。これに対し、被告が組合旗の撤去を命じあるいは自ら撤去した例は、昭和四六年のいわゆるマル生闘争終結時以降はなかった。昭和五七年三月ころからは、被告により職場規律の確立が強調されるようになり、いわゆるやみ手当、時間内入浴、服装の乱れ、突発休等の改善及びビラ、看板、横断幕等の撤去を内容とした職場規律の総点検が数次にわたり行われたけれども、右総点検の期間中でも全国各地で国労の組合旗がしばしば掲出されていたのに、その撤去を巡って被告と国労との間で特別大きな問題が生じたことはなかった。

(2) 松山駅構内においても、国労松山電気区分会のほか同気動車区分会、同運輸分会、同情報区分会、同保線区分会等の組合旗が従来から闘争時等に掲出されてきたけれども(なお、昭和四六、七年ころまでは、鉄道労働組合の組合旗も掲出されていた。)、昭和五八年二月五日、四国総局総務部長が松山駅舎屋上に掲出されていた国労松山運輸分会の組合旗を撤去するよう命ずるまでは、当局からの撤去命令が出された例はなかった。また、同日以降も、国労の組合旗が何回か無断で掲出され、同月二五日ころ、四国総局が管内に組合旗の撤去通告を指示したことはあるものの、被告自身が現実に撤去をしたことは本件に至るまで一度もなかった。

以上によれば、被告は、組合旗の掲出を正当な組合活動の一つとして承認していたといえるかどうかは別として、四国総局管内においては、少なくとも昭和五八年二月ころまでは組合旗の掲出を事実上黙認又は放置していたものと評価することもあながち的はずれであるとはいえないし、また、鈴木に分会組合旗を撤去させたことは、従前の経過を前提にする限りは、極めて異例の措置であったと評することができる。右の事情に鑑みれば、国労愛媛支部の書記長であった原告が鈴木に対し組合旗を撤去した理由を問いただしたことには、組合役員として無理からぬものがあったと考えられる(なお、原告の右質問は業務に関係のない組合活動についてのものであり、本来点呼時間中になすべき類のものではないと一応はいい得る。しかし、前認定の事実によれば、原告は鈴木の「何かございますか。」という問いに応じて右の質問をなしたものであり、ことさら鈴木の点呼業務の進行をさえぎって質問したというわけではない。しかも、(人証略)及び原告本人の各供述によれば、当否は別として、点呼時間中職員が上司に対し組合活動等につき質問し、あるいは意見を述べることが従前からしばしば行われていたことが認められる。これらの事情に鑑みれば、原告が点呼時間中組合旗の撤去につき質問したからといって、それ自体が被告主張のごとく上司の点呼業務の妨害にあたるとまですることは本件の場合妥当ではない。)。

かような原告の質問に対し、鈴木が「総局、区の指示です。」という答えに終始し、何ら実質的な理由を示さなかったことは前認定のとおりである。これは、当時同人がいわゆる末端管理職(電気支区長)の地位にあり、四国総局及び区長の指示に従わなければならなかったという立場を考慮したとしても、やや配慮を欠いた態度であったといわざるを得ない。

原告は、鈴木の右態度に憤慨し、本件暴行に及んでしまったものと認められ、その動機については原告に有利に斟酌して然るべきである。

(二)  原告の本件暴行の態様は前認定のとおりであり、要するに、鈴木の態度に慎慨し、とっさに同人の胸元を手でつかんで押したに止まるものである。鈴木は結果的に背中を後方の鉄製キャビネットにぶつけ負傷したけれども、これは原告に押されるうち、たまたま足が長椅子にひっかかったため体勢が崩れて背中を打ちつけたものであって、被告主張のように原告が故意に鈴木の背中をキャビネットに激突させたとは認められない。暴行の時間もせいぜい一分間程度であった。以上によれば、本件暴行の態様は必ずしも悪質なものではないというべきである。

さらに、鈴木の傷も数回消毒、湿布等をするだけで治癒したものであり、その程度は比較的軽微であったということができる。

(三)  本件暴行につき原告が刑事罰を受けたことは、当事者間に争いがない。これは、本件処分の効力を検討するにあたり、一応考慮すべき事実である。しかし、(証拠略)によれば、本件暴行が警察に発覚したのは国労と対立関係にある鉄道労働組合の関係者の情報提供によるものであり、鈴木も被告も本件暴行につき告訴、告発をしておらず、また、する考えもなかったことが認められ、刑事処分の内容も略式命令による五万円の罰金刑という比較的軽微なものに止まったこと(〈証拠略〉により認められる。)を併せ考えれば、原告が刑事罰を受けたことをそれほど同人に不利なものとして重視すべきではないということができる。

(四)  (人証略)及び原告本人の各供述によれば、原告は、本件暴行のあった日の翌日及び翌々日鈴木方を訪れ、同人に対し暴行を加えたことを謝罪し、さらに、後日松山電気支区検査班詰所において、同支区の職員の前でも同様に自己の行為につき謝罪していることが認められる。

(五)  (証拠略)によれば、原告は、昭和五七年と同五八年にいずれも闘争に参画したとして二度の戒告処分に処せられたことがあるものの、職場の規律を乱したとして処分されたことはなかったこと、また、(人証略)の各供述によれば、原告の日ごろの勤務態度に格別の問題はなく、職場における鈴木との関係もおおむね良好であったことが認められる。

以上検討した本件暴行の動機、態様、結果、本件暴行前後の原告の態度及び処分歴等に照らせば、原告の被告職員としての身分を失わしめる本件処分は、その対象となった行為との対比において甚だしく均衡を失し、社会通念上合理性を欠くものといわざるを得ない。

被告が人命を預かる公共輸送機関としての使命を全うするためには、その職場秩序が維持されることが肝要であることは論をまたないが、この点を十分に考慮してもなお、右の判断が左右されるものではない。

また、(人証略)は、上司に対する暴行、傷害により懲戒免職処分がなされた事例がある旨証言しているが、右各事例の詳細な事実関係は不明であって、本件事例との比較検討は不可能であり、右事例の存在をもってしても、本件処分の正当性が基礎づけられるものではない。

そうすると、本件処分は解雇権を濫用したものであり、その余の点について判断するまでもなく無効というべきである。

五  賃金請求について

原告が本件処分当時、被告から一箇月あたり二〇万六六〇〇円の賃金を毎月二〇日に受領していたことは、当事者間に争いがない。

六  結論

以上によれば、原告の本訴請求はいずれも理由がある。そこでこれらを認容し、訴訟費用の負担につき民事訴訟法八九条、仮執行の宣言につき同法一九六条一項をそれぞれ適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 山下和明 裁判官 井上郁夫 裁判官 坂倉充信)

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